lll1 さんの感想・評価
4.3
物語 : 5.0
作画 : 4.0
声優 : 4.0
音楽 : 4.5
キャラ : 4.0
状態:観終わった
ゴーストが無ければ、記憶もただの記録でしかない。
中村隆太郎監督作『神霊狩 GHOST HOUND』が大傑作だったため、本作を再観賞。実に6年ぶり。
初めての観賞は中学3年か高校1年ぐらいだった。あまり理解が出来なかったが、『攻殻機動隊』を始めとするSF作品をたくさん観賞した今では十分に理解出来る。
タイトルの「ゴーストが無ければ、記憶もただの記録でしかない。」は『攻殻機動隊』のセリフです。どの作品で言われたかは覚えていませんが。
まぁ本作ではゴーストの概念に深く言及したような記憶はないですが。どうなんだろう、言っているのかな。分かりません。
もし私が98年に生きていて、本作をリアルタイムで観賞していたら、何も理解できていないだろう。
現在2020年だからこそ、色々と言えるものが私の中にも生まれている。89年に志郎正宗は『攻殻機動隊』を連載しはじめたし、82年には『ブレードランナー』が公開された。原作の『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』に至っては68年だ。原作は読んだことがないので、何とも言えないが。
以下ネタバレを含みます。
{netabare}
デバイスなしの、完全なシームレス化。こんなことを98年に言っていることに死ぬほど驚く。時間に対する捉え方も人知を超越しているかのよう。『ウォッチメン』のDr.マンハッタン的な捉え方が近いのかも知れない。
2020年の現在になっても、デバイスは必要としているし、『ブラックミラー』を代表とする、直近に制作されているSF作品でもデバイスは必要としている。
完全なデバイスレス、並びにシームレス化。実現という意味では、まるで意味が分からない。脳信号の完全なコントロールが可能になったと捉えると、それはもはやネットワーク(ワイヤード)の世界そのものの定義すらぶっ壊れそうな気もする。
本作では集合的無意識を用い、何とも抽象的な印象を感じるつくりになっっている。私自身が完全に本作を理解できていないのは否めないので正解とは言えないが。
自身でコントロールする事が出来ず、皆の中に存在するのであれば、それはもはや個として存在するのだろうか。他者に認識され、初めて自分の存在を実感する。
「人は皆、無意識で繋がっていた。それを繋ぎ直しただけ」
たったこの一文。
まるで想像のつかない領域だが、何となく言っている意味は分かる。本作はそんなことの連続。
本作が伝えようとしているメッセージを考慮すれば、そんな現実的な部分や細かな納得など、どうでも良いようにも感じる。
自分の中に落とし込めず、殴り書きのため、繋がりが不明な文章になってしまった。申し訳ない。
・集合的無意識
・デバイス
・デバイスレス・シームレス
・人格
・ネットワーク及びリアルワールドの捉え方
こんなところを意識してもらえれば、多少は理解出来るかもしれない。
{/netabare}
以前、意識して行えば、数か月・数年後には無意識に変わると教えてもらったことがある。いやぁ、人間とは面白い。
最終評価は 9 / 10 点です。
かつて7点と付けた自分を殴りたい。