くせ毛 さんの感想・評価
4.6
物語 : 5.0
作画 : 4.0
声優 : 4.0
音楽 : 5.0
キャラ : 5.0
状態:観終わった
風吹けば心震える
浮遊することに慣れていた蝶は、自身の「軽さ」に気づいてしまった。その軽さが耐えられなかったんだ。だから「飛んだ」。浮くのをやめたんだ。
とある小説の一節を思い出した。
ジベタはどういう思いでその丘から飛び立ったのか?雷轟丸はただ単にその後を追っただけだろうか?
物語の主軸に、人が流す涙というものの意義。それに絡みつく人間関係と、錯綜する思いの数々。
細部を見ればそれが細かに反映されていることが見えてくる。
・野伏 三代吉
物語が始まる前から愛子と付き合っている。しかし当の愛子の描写には、ストーリー序盤からまじまじと眞一郎への思いが映し出されており、正直このキャラには終盤に至るまで同情しっぱなしだった。愛子の罪悪感はこの男が原因だ。その執着度もなかなかのものだった。しかし、最後まで彼は彼の思いを貫き通した。ある意味この物語で一番心が強い人物であったように思われる。楽観主義者の恋。そこから始まった彼の思いは、愛子からの電話を通してまた一味違った形で育まれることとなる。物語の後にも微笑ましい付き合いがあったのだろうなぁとしみじみと感じた。
・安藤 愛子
上述のノブセと物語当初から付き合っていたわけだが、その思いは実は眞一郎に向いている。果たすことのできない思いと、ノブセに対する罪悪感との葛藤がうまく表現されていた。明るく活発な性格から、逆に後者の感情には深く入り込んでしまう描写も見られた。一方で、眞一郎への思いもあからさまに表現されていたわけだが、うん、ていうか眞一郎は鈍感すぎ笑。まぁそんなわけで、ヘタレな眞一郎は彼女の勇気を「なかったことに」するというなんとも最低な言葉を彼女にかけたわけだが、それでいて彼女が気づいたのは、やはりノブセという存在だったわけだ。物語中には、ノブセが買ってきたお菓子が、見事に愛子の好物のチョイスだった描写もある。一歩ずつ、一歩ずつ、彼らが前進していくのを期待する。
・湯浅 比呂美
まぁ、多分ほかの視聴者の方の多くも「結局はそうなるんだろうなー」と思っていたであろう人物。しかし、レビューを見ると、案外あまり好まれるタイプではないのだろうか。確かに、言ってる事が支離滅裂で、自己中心的な、自己没入方のキャラなのだが、それも彼女なりのコンフリクトをあらわすひとつの要素である。
物語序盤では、引き取られた中上家、特に眞一郎の母(ていうかだけ)との確執が浮き彫りになるような描き方をされている。彼女がはじめから終わりまでずっと眞一郎のことを思っているのは誰が見ても明らかだろう。しかしその思いも、この確執によって捻じ曲げられてしまう。そしてそこに重なるのが眞一郎との兄妹疑惑。(これは「おいおい汗」だった。)当然、眞一郎のことが好きだという思いを表に出すわけにはいかない。誰かに話すわけにはいかない。そうして比呂美の心に穴がぽかんと空いてしまったわけだ。そこにハマるピースがひとつしかないことは分かっている。しかし、自分の体を縛るさまざまな環境が、そのピースに伸ばそうとする手を阻むのだ。さらにそこに眞一郎と乃絵が付き合っているといううわさが。比呂美の孤独が生んだ結果が「蛍川の4番」というわけだ。しかし、彼女を縛っていた茨も、純と起こした騒動、雪の日のバイク転倒事故で、取り払われるきっかけを得ることになる。自分を抱きしめてくれた眞一郎。兄妹疑惑が解け、学校の面談では「私が育てます」と断言しきったその母。そして引越しをする際には「いつでも帰ってきなさい」と温かい言葉をかけてくれるその父。ほつれていた糸が解けることによって彼女の思いは開花していく。「ちゃんとするから」。普通に考えると、軽すぎる、信用しがたい言葉であったが、比呂美がこれまで置かれてきた状況をかんがみると、やはり心の拠り所となる言葉であったのだろう。心の奥底に封印していた幼少期の記憶を再び蘇らせる。乃絵と付き合っている眞一郎。でも、それでも、彼女の思いは止まることはなかったのだ。自我を押さえつけていた過去を持ち、自分の思いをまだうまく制御できない面もあるが、しかしそれでも、乃絵が言った様に、彼女の涙は美しかった。
・石動 乃絵
この物語で準主人公となるなら彼女だと思う。「涙」というテーマを引き合いにだすキャラだ。彼女を中心にしてストーリーは交差していく。
序盤、やはり違和感がある。(正直僕は、「何を言ってるんだこいつは?意味が分からん。」だった。)会話に比喩表現が多すぎる。(こんな人間が近くにいたらイライラするだろうなと思った。)そんな彼女も、また眞一郎に惹かれていくいのである。
「あなたは飛べるわ。」そう乃絵は言った。しかしよく考えるとここからすでに伏線が始まっていたのだ。気づいた方も多いと思われるが、やはりこれは、逆に飛ぶことを決心しようともしない自分への嫌悪のようなものだったのではないだろうか。自分の思いを他人に没入させる、依存型の人物であることが、物語が進んでいく上で映し出されている。
眞一郎とであったのは赤い木の実ができる鶏小屋の近くの木の下だった。当初は「お前は飛べない」と断言しながらも、信一郎の作ったティッシュペーパーの箱で作った鶏をもらうとすぐに「お前は飛べる」と意見をコロっと変えている。なんだかおかしなやつだ。そしてここから乃絵の自己没入は始まっていく。
涙が出ないことを打ち明ける。眞一郎は、若干いぶかしげに思いながらもそれを取り戻すことに協力することに同意する。
そして、まぁなんだかんだで付き合い始めるわけだが、やはりここでも、祭りの花形の眞一郎、絵本をかける眞一郎を雷轟丸と重ね合わせ、勝手にずらずら解釈していく。しかし、そうした自分勝手で、独りよがりな見識も、眞一郎の背中を押す一つの重要な要素となる。
涙の意義。涙の意味。涙を失った理由。
それは、これは勝手な僕の解釈だが、やはり自我の喪失なのではないだろうか。
自己暗示、と一言で言ってしまえばそうかもしれない。しかし、大切な人を失ってしまった悲しみを知った乃絵が行き着いた先は、それがない世界。大切な人への思いをはっきりとあらわさない、そして理解できないままに成長した未成熟な個性がそこにはあった。
それは最終シーンになって変容を遂げる。
そうだ。彼女は自分が覆ってしまっていた自分自身の殻を内側からそっと開いてみるのだ。
「すごく難しいけど、ちょっと痛いけれど、まだ私は空を飛べないから、歩いて帰ろうと思う」
だっただろうか。
そして口ずさむアブラムシの歌。
これは眞一郎の項で話したい。
そうして最後。ED。
完璧だった。ここにいたるまでに一人の少女の心の芽吹きが鮮明に描かれていた。
風に吹かれ、空に舞ったしずく。
風吹けば、心震える。
すばらしいシーンだった。
・仲上 眞一郎
アブラムシが宿主に選んだ人物、主人公。
彼はいったいその赤いコートを着た少女から何を受け取ったのだろうか。
赤い実、食べて飛んだ、ジベタ、雷轟丸。
人も飛べるのだ。
それは一言に勇気、自信などという言葉で表現してはならない。
眞一郎が乃絵からもらったものってなんだ?
分からない。多分、ずっと分からないんだろうな。
解読したくもないんだけど。
しかし、その何かをもらった眞一郎は叫ぶのだ。
眞一郎の靴の裏にもアブラムシ。
すぐそこの鍋の底にもアブラムシ。
眞一郎の心の底にも、湯浅比呂美。
ところどころ、湯浅比呂美と過ごしている瞬間にも、乃絵のことを回想するシーンがはさまれている。そうだ。彼と彼女の過ごした時間は偽りではなかったはずだ。どこかで聞いたぞ。「なかったことにしてはいけないのだ」。
いつも近くにいた存在。乃絵。
眞一郎のそばにいた。
でもその心の中にいるのはいつも比呂美だったのだ。
なぜ眞一郎は叫んだのだ?
きっと、彼はこの先も、生活の節々で、彼女のことを思い出すのだろう。その中心には比呂美がいるのだとしても、乃絵と眞一郎、二人がすごした時間が、温かい思い出となって彼をつつくのだろう。
その涙はほんものだったろうか。
その思いは確かだったろうか。
答えなど、確認する必要もなかった。
2011 10/24