ストロベリー さんの感想・評価
2.8
物語 : 2.5
作画 : 2.5
声優 : 3.5
音楽 : 3.0
キャラ : 2.5
状態:観終わった
フリュネを愛せるかどうかで・・・
結論から言って、この作品はヒロインであるフリュネに、萌えではなく、ピュアな恋愛的な感情を抱かないと面白いと感じられない作りだと思う。
ちなみに萌えと恋愛的は違うと思う。
萌えは、けいおん!やら化物語やらの最近のヒット作のキャラクターのように、過去の作品のデータベースから「ツンデレのデレだ」とか「クーデレのデレ」だ、みたいに楽しみ方を簡単に引き出すことができて、簡単に消化することができるし、それによってアニメ友達やネットでのコミュニケーションも楽しめる。
逆に、恋愛的は、簡単にテンプレからそのキャラクターを消化したりはできず、自分で悶々と考えながら、そのキャラクターと一緒に擬似的に物語を経験することで、より深くスパンの長い楽しみを可能にする。必然的にアニメ仲間は関係なく、自分一人でそのキャラクターを悶々と楽しむことになる。ラピュタやらナウシカやら、ナディアなんかがその類だと思う。
フリュネは後者を徹底した作りで、萌えを排除して、初期に宮崎駿がやっていたように女のエロスみたいなものを追求しようとしていたと思う。なのでフリュネには、萌えでは感じられない、どこか母性的な部分や、女臭いものを感じられたのはいい点だった。
(ネッサは前者だが、ただの子供的位置だったのが痛い。)
でも!
キャラクターを萌えとして高速消費することが当たり前になっている多くのアニメファンは、確実に化不良を起こして、結果退屈だったと思う。特に現代なんてそんな時代だ。
自分もフリュネの女性像はおもしろいと思ったけど、やっぱりほとんど退屈に感じた。
キャラクターが失敗したなら、物語を押せばよかったんだろうけど、こっちも全然ダメ。
QFという名作を書いた東浩紀原案のフラクタルシステム世界に関して、ヤマカンは設定程度に描くだけで全然生きてなかった。
ヤマカンはフリュネで勝負したかったんだろうけど、時代的にもう通用しなかった上、原作的には面白いはずである物語も機能不全を起こしていたので、ただただ退屈な作品に仕上がっていた。
各話、全然感情移入できない退屈なキャラクターに付き合いつつ機能不全を起こしたストーリーをボケーッと眺めている感じだった。ちなみに、作画もベタっとした古臭い感じで現在の自分はダメだった(公式サイトのキャラデザは素晴らしいのに・・・)。
と、書きつつも、個人的にはフリュネは多少よかった。このキャラの9割は退屈でも1割の恋愛的な楽しみを感じられる気がした。そこが唯一の活路か?