「秒速5センチメートル(アニメ映画)」

総合得点
87.0
感想・評価
3993
棚に入れた
18469
ランキング
174
★★★★☆ 3.9 (3993)
物語
3.9
作画
4.3
声優
3.5
音楽
4.1
キャラ
3.6

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ネタバレ

れのん。 さんの感想・評価

★★★★★ 4.5
物語 : 4.5 作画 : 4.5 声優 : 4.0 音楽 : 5.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

失われた初恋の物語

  2007年公開 アニメーション映画(63分)
 監督・脚本・原作・絵コンテ・美術監督・音響監督  新海誠
  作画監督・キャラクターデザイン:西村貴世
  制作   コミックス・ウェーブ
  主題歌 one more time, one more chance(山崎まさよし)
 音楽 天門

 本作は、一人の少年の人生を軸にした3本の連作短編から成っている。
 
◆最初の視聴(もう何年も前のことです)

 自分は、最初に視聴したとき、第一話には深く共感できたし、第二話も短編としてまとまりがあると思った。しかし、第三話は、 "one more time,one more chance" と美しい映像の印象が強烈だったけれど、ストーリーがしっくりこなかった。
 作品全体としては、第二話以降、主人公貴樹のキャラに無理があるように感じられ、あまり感情移入できなかった。作品全体のまとまりを欠いているように感じられた。

 ただ、この作品には心の琴線に触れるところがあって、もやもやした感じが引っかかり、気になって仕方がなくなった。そこで、何回か視聴した後で、小説版「秒速~」を読んだり監督インタビューを聴いて自分なりに作品の理解を深めようとした。
 

◆本作発表時に新海誠監督が書いた作品の紹介テキストには、以下のように書かれている。

 「我々の日常には波瀾に満ちたドラマも劇的な変節も突然の天啓もほとんどありませんが、それでも結局のところ、世界は生き続けるに足る滋味や美しさをそこここに湛えています。
 現実のそういう側面をフィルムの中に切り取り、観終わった後に、見慣れた風景がいつもより輝いて見えるような、そんな日常によりそった作品を目指しています。」

◆ ロマンチックラブ …… 恋愛観について

 新海監督は「秒速」について、インタビューなどで多くのことを語っている。その中で自分が注目したのが、監督が「自分は、ロマンチックラブは素晴らしいと思うけれど、自分は作品の中でむしろ、ロマンチックラブの否定を描こうとしている、と述べていることだ。
 ここでいうロマンチックラブとは、(運命の赤い糸で結ばれた)男女が出会い、幾多の困難を乗り越えて結ばれる、という恋愛観である。

 第1話で描かれているような、あれほどの初恋、あれほどのファーストキス、あれほどの体験をしたなら、例えロマンチックラブ的に実を結ばなくとも、それぞれ二人の一生涯を心の奥底で照らしうる光になる。「ロマンチックラブ」のストーリーであれば、十数年ぶりの再開で、紆余曲折を経て、あの踏切で出会い、そしてふたりの関係が新たに再び出発する、という物語が予想されるわけではあるが、本作ではそうはならなかった。

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 第一話で、最初のアカゲラが鳴き声を鋭くあげて、夜空高く飛び上がっていくシーン。明里の、貴樹が会いに来ると書いた手紙への返事に載せて。 …… 距離、空間、広がり、二人の思いがそれを越えて、二人の物語を俯瞰する。空を飛ぶアカゲラは、遠い距離を超えて互いを思う二人のこころの象徴であろう。このあとも、アカゲラは、貴樹と明里の、時間と空間を象徴している。

 小学生時代の二人の回想は、貴樹の列車での岩舟への旅の途中で、貴樹の回想として描かれる
 小学時代の二人(4年から6年の三年間がいっしょ)が、内向的、読書好きで、世界を共有していたこと、その一つのシンボルとして、図書館での貸し出しカードに同じ本三つに二人の名前が並んでいるシーンがある、これはちょっと、ジブリの「耳をすませば」の月島雫と天沢聖司を思い起こさせる。

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 1度目の距離は、二人が文通を維持することができ、貴樹が自分自身の転校という事態に、意を決して行動することをとおして、あの感動的な13歳の二人の雪の一夜に結びつく。

 さらに遅れる列車の中での回想。小六、卒業の日。
 この列車の遅れがなければ、二人は一晩語り明かすこともなかったし、キスもなかったかも知れない。「遅れ」がふたりの心を急速に近づけたのは、間違いない。

 「その瞬間、永遠とか心とか魂とかいうものがどこにあるのか、わかった気がした」
 ここで二回目、星空を飛ぶアカゲラ。
「ぼくたちはこの先も、「ずっといっしょにいる」ことはできないと、はっきりとわかった。僕たちの前には、いまだ巨大すぎる人生が、茫漠とした時間が、どうしようもなく横たわっていた」 この、「いまだ巨大すぎる人生が、茫漠とした時間」をアカゲラが飛ぶ描写は象徴していると思う。
「僕をとらえたその不安、あとには、明里の柔らかな唇だけが残っていた」。初めてのキスだけが当てはまるような描写が続いている。

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 第二話冒頭。 また、宇宙、星空を背景に高く飛ぶ鳥には、時間と空間を感じさせる。
 二人が夜の丘あるくシルエット。女性の髪は、肩より少し長い。貴樹は、高校生とおもわれる。
 たっている貴樹は、座っている少女の方を見る、少女は、しかし、貴樹の方を観ず、前をじっと見ている、貴樹は、視線を前に戻す、宇宙的な日の出 …… 貴樹の青春の前に向かうエネルギーの象徴のようでもある。

    宇宙的な日の出 → 朝の弓道場

 あきらかに、二話冒頭のイリュージョン(おそらく貴樹の夢)の中の、髪の長い少女は、明里、あるいは明里にインスパイアされた、貴樹の内面の女性像なのだろう。同じ少女が、2話後半では、「出すあてのないメール」に「いつもの少女、顔は見えない」と、貴樹自身によって書かれている。実際に会うことがなくなって久しいから、内面の女性像と現実の栃木にいる明里とは、差が出来てきていると思われる。
 貴樹はかなえといてもどこか、心ここにあらず。季節は、虫の声から秋である。

 やはり、これは、夢と思うのがわかりやすい 。 「雲のむこう~」では、夢が大きな役割を持っている話しだし、新海さんが夢に大きな関心を持っている。
 二話冒頭をそう解釈することで、すぐ続く、かなえと貴樹との絡みが理解しやすくなる

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 第三話の後半でよく見れば明示されている、28歳の明里の幸福は、ねっこに、貴樹との出会いあってこそである。



 2話後半では、貴樹が、家で科学雑誌を見るシーンに続いて、再び貴樹の夢かイリュージョンが描かれる。ここで、海辺に並んでたつ、貴樹とショートカットのかなえではない、やや髪の長い少女 …… これも、何年も会っていないため、内面化された明里のイリュージョンか?
 「僕たちはそうやってどこまで行くのだろう」 …… 宇宙のイリュージョンをバックに立つ貴樹。 …… ここで、髪に手をやる少女の姿、美しい輝く海、浜辺に並んで立つ二人。

 こうして、貴樹の心の真奥の思いによりそうかたちで、内面化された明里の像が生きているように思われる。
 ただこうなってくると、現実の明里とは、数年来の文通でうまくいかないようになっているので、 私の解釈では、もはやそれが、明里なのか、だれなのかわからなくなっているのかもしれない。

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 高二までなんとか細々と文通が続いていたのに、あと一年、とどかなかった。
 貴樹が種子島の高校を卒業して東京の大学に出てきたとき、明里は栃木の実家にかわらずいるのだから、4月に二人が会うというのは自然なことだっただろう。そういう物語も、もちろん、成立する。
 ただ、新海さんは、そうでない物語を描きたかった。そして、それはまた、リアルな人生では、そううまく、ロマンチックラブは成就するものでないという見方につながるのであろう。

 新海さんが喪失を描くのは、喪失体験の方が、獲得体験より、根源的、普遍的だからではないか。
 だれも生きている限り、なんらかの大事なものの喪失を体験する。
 そして、リアルにおいても、多くの場合において、喪失こそ、癒されねばらならず、乗り越えられていかねばならないなにものかである。

 言の葉のゆきのにしても、秒速の貴樹にしても、現実にいたら、けっこう大変そうな人。生きにくそうな人。「世界は生き続けるに値する、美しさをたたえている」、この言葉には、生きにくさ、ということを前提としている。 貴樹もそうした行きにくさを性格的に抱えた、ひとりであった。
 思うに、新海さん自身もそういう生きにくさも抱えていて、それゆえ、「でも、世界は、生き続けるに値する美しさを湛えている」というメッセージを込めた作品で、みるひとをはげましたかったのだろう。
 そういう監督&作品のあり方に、共感できるかしにくいかが、「秒速」までの新海作品への好みの分かれるところなのかもしれない。



 たぶん、さいごの踏切シーンで、貴樹が一歩をかすかな笑みとともに踏み出すところは、もう少し貴樹の心境の前向きな方向への変化のようなものをはっきり描けばわかりやすいかもだけど、はっきり描くとにせものになってしまう、ああしか描けないのではないかとも思う。

投稿 : 2018/05/21
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サンキュー:

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