けみかけ さんの感想・評価
4.6
そこにいないから悲しい物語、そこにいるから優しくもある物語、これはあなたの想像力を試す物語
それまでの脚本家としての経歴から心機一転し、2010年に劇場版『チェブラーシカ』を監督したことでコマ撮りアニメ界に新風を巻き起こした中村誠監督が手掛けた完全オリジナル長篇映画
2016年公開の後、この3年の間はスローシネマやミニシアター系のみでの公開でしたが、この度晴れて全国公開とあいなりました
円盤化もいまだ未定ということで長らくスケジュールが空かず観れてなかったのがやっと観ることができました
父親を亡くした少女、ちえり
母親と一緒に父の生家へ墓参りに来たのだが、内気で頑固な性格で親戚や従兄妹達とは打ち解けられない
そんなちえりの唯一の友達は、ボロボロのぬいぐるみのチェリーだけだった
ちえりが話しかければ、チェリーは応えてくれた
ちえりが想像すれば、田舎屋敷の庭は大海原にもなった
ちえりの想像力は何でも生み出せたのだ
屋敷で一人留守番をさせられてしまったちえり
否、チェリーも一緒だ
ちえりは屋敷には大きなねずみが住み着いていて、そこに猫も居ると想像した
想像はねずざえもん、レディ・エメラルドという名前のねずみと猫となって現れた
2匹はちえりに軒下で苦しんでいる出産間近の母犬を助けたいとちえりとチェリーに持ち掛けた
すぐに行動に出たちえりとチェリーだったが、暗闇からちえりが想像の中で生み出した死神、どんどらべっこが襲ってきたのだ…
まずこの映画、なんと【日本映画初の完全オリジナル長篇パペットアニメーション作品】になります
パペットアニメーションは文字通り人形を数ミリ単位で動かしては撮影を繰り返すコマ撮りアニメの一種です
が、人形であるがゆえに表情の芝居の制約が多く、そもそも美術セットにカメラを割り込ませる余地を作らなければならず、ある程度“退きの画”になりがちで舞台芝居然としてどうしてもセルアニメや3DCGアニメのようには作れません
ところが昨今、CGやデジタル撮影の導入で遠景の背景やエフェクトの類を補完させることでかつてよりも自由度の高い画作りが可能となったのです
そんな技術的進歩もあり、これまで誰も挑戦しなかった国産長篇パペットアニメ映画となったのが今作というわけで、これだけでも十分な偉業と言えます
お話の主人公、ちえりとチェリーはいわばイマジナリーフレンドの関係にあります
劇中ではより詳細な種明かしがされるのですが、このチェリーというウサギなのか猫なのかよぉわからんぬいぐるみは、なぜか想像の世界では肩幅の張った男性的なフォルムで顕現し、声も星野源が落ち着いた雰囲気で演じています
つまりチェリーは自ずと、父親を失ったちえりが求めた父親像そのものということになっているわけです
イマジナリーフレンドというのは結局のところ存在しない、と考えるとこのチェリーを頼りにしているちえりの言動は非常に切なくも虚しくも感じてしまうと思います
ですが逆に、ちえりの中の父親像がちえりに道を指し示してくれている、と考えるとクライマックスでチェリーが下した決断というのが、ラストシーンで成長したちえりの姿に説得力が与えられると思います
このちえりという難しい役どころを心抉る芝居で演じた高森奈津美の演技は本当に例えようの無い素晴らしさです
エンドロールを観れば気付いてもらえると思いますが、ちえりは実は結構年齢がいってます
脚本の段階では9歳でしたが、本編では12歳というより繊細な年頃になっており、これがさらに役どころを難しくしているんです
その微妙な年頃の演じ分けというのが高森奈津美の芝居抜きでは成立しなかったとひしひしと感じます
また、端的にこのちえりというキャラクターのデザイン、パペットとしての造形が、非常に可愛いというのも大きな魅力です
可愛い人形が動くのですから、その時点でアニメーションとしてはこの上ない価値のある画になってます
ちなみに『ジュエルペットてぃんくる』の伊部由起子さんのデザインだそうです
チェリーのデザインはロシアオリジナル版『チェブラーシカ』のレオニード・シュワルツマンが担当しました
さて、本編全体を通して「生と死への向き合い方」「イマジネーションの可能性が心を補完する」というものがテーマになっています
これは東日本大震災や監督が制作直前に母親を亡くされたことも深く関わっているようです
とても重いテーマのようですが不思議と観易く作られているのが今作のポイントに感じます
特にちえりのみならず、夫を亡くした喪失感とちえりへの苛立ちを隠せないちえりの母親の視点が時々混じる構成なのが、この重いテーマを一歩退いた目で観させる工夫なのかもしれません
欧米に負けない日本のストップモーションアニメ最前線を是非ご自身の目でお確かめ下さい