薄雪草 さんの感想・評価
4.4
物語 : 5.0
作画 : 4.0
声優 : 4.0
音楽 : 4.0
キャラ : 5.0
状態:観終わった
牽引する者
Bread は "パン"。
winner は "手に入れる人"。
直訳すれば、"稼ぎ手、大黒柱" になろうかと思います。
副題は「生きのびるために」
アイルランド人の監督、ノラ・トゥーミー氏の作品です。
ご覧になられる前に、旧約聖書(モーゼ)と新約聖書(キリスト)の言を置いておきます。
"人はパンのみに生きるにあらず"。
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主人公は11歳の少女、パヴァーナ。
舞台は2001年、アフガニスタンのカブール。
奇しくも、アフガニスタン紛争(~2021)が始まった年です。
アメリカを中心とする多国籍軍が撤退した今日、アフガニスタンの政権は、タリバーンが奪還し掌握しています。
パヴァーナが "生きのびて”いたなら、33才になっているはずです。
彼女の人生の3分の2は、戦禍と圧政の中にあります。
それは、これからも変わらないままなのでしょうか。
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お話は実にシンプルでストレートです。
それだけに胸は鋭くえぐられ、心がぐしゃぐしゃに砕かれます。
「その国のこと」。
そう言い捨てることは簡単。
でも、そんな言葉で済ませられるほど簡単ではありません。
パヴァーナの青い瞳が問いかけてきます。
「あなたはパンのみで満足できますか?」
パンどころか、外出や水汲みでさえ不自由極まるのに。
パンと水があれば満ち足りるなど、到底のこと言えそうもないのに。
生きのびるために必要なものは何かと、真正面から問うてくるのです。
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海外には、時として、人間と環境との間にある "理(ことわり)" の是非を直言するタイプの作品があります。
本作は、まさにその王道を行くものです。
日本人の心象や常識とは、全くかけ離れたリアルを示しています。
"理(ことわり)" と "政(まつりごと)"。
そのバランスに不実があるゆえに「生きのびること」が副題に付くのでしょう。
必要なのは、人間の尊厳に光を当てること。
世の中を照らす光にすることです。
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ご参考までに。
{netabare}
当然と言っては何ですが、日本にも貧困の実相があります。
厚生労働省、2019年国民生活基礎調査を基に数字を並べてみます。
「相対的貧困率」という言葉があります。
これは、所得の中央値の一定割合(50%が一般的。いわゆる「貧困線」)を下回る額しか得ていない者の割合を言います。
「貧困線」とは、それぞれの国や地域に見合った水準の中で比較します。
世帯人数によってもそのラインが違いますが、下回る場合に、貧しい状態にあると評価します。
具体的には、可処分所得の中央値の半分の額を指します。
可処分所得とは、就労や財産、年金、仕送りといった現金収入の合計から、税金や社会保険料等を除いた額。
いわゆる "手取りの年収" です。
パヴァーナの世帯は、大人2人、子ども3人の5人です。
日本に当てはめると、凡そですが、248万円が貧困線上の手取りの年収となります。
月収にすると約20万円。
これを頭数で割ると、一人あたりの月の生活費は約4万円になります。
ただし、この20万円は "最高値" であることに留意しなければなりません。
つまり、それ以下で暮らしてみえるご家庭が日本でも一定数いらっしゃるということです。
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次に、子ども(17歳以下)の貧困率です。
定義は、子ども全体に占める可処分所得が貧困線に届かない子どもの割合になります。
そもそもですが、子どもには所得がありません。
ですから、その子どもが属する世帯の所得をもとに計算します。
わが国の場合、その割合は14.0%となります。
子どもの7人に1人が貧困状態にある計算になります。
実数で言うと、約225万人にも上ります。
2000年頃の子どもの貧困率は14.4%でした。
そこから約20年も経っているのに、全く改善されていない実情です。
こうした数字から読み解けるのは、ヤングケアラーもブレッドウィナーも、もはや社会構造の歪みから生じた "差別" といっても差し支えないでしょう。
言うなれば、政治の不作為による結果。
貧困という名に置き換えた圧政なのです。
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日本の子どもの貧困線は、124万円/年です。
一人親世帯の貧困線は、175万円/年、約14.5万円/月です。
貧困線以下の世帯を見ると、その多数が、高齢者世帯、単身世帯、一人親世帯などです。
一人親世帯の場合、48.2%、約半数の世帯が貧困線以下に属しています。
家賃、水光熱費、医療費などは、手取り額からの支払いです。
学習塾やお稽古事はもちろん、修学旅行費なども家計を圧迫します。
成長に合わせた衣類の新調なども苦しいですよね。
この金額、一般的な生活保護の扶助費の合計を下回ります。
母子家庭だと、約19万円/月です。(地域によって上下します)。
医療扶助(これは現物支給)、住宅扶助、教育扶助、生活扶助などの費用は、保護費として支給されます。
貧困の課題は、ともすれば生活保護以上に、暮らしにお金が回せないということです。
外側からは見えにくく、気づかれにくく、知られにくい "潜在化する課題" です。
生活保護を申請しない理由は、親や兄弟姉妹に知られたくないという心理が働くのが普通です。
それなら、生きのびるために、どう貧困に立ち向かえばいいのでしょう。
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世界的には、6人に一人の子どもが相対性貧困にあります。(世界銀行調べ)。
これとは別に「絶対性貧困」という言葉があります。
世界銀行が定めた金額は、2.15ドル/日(2022年9月時点)。
為替レートだと133円(4月1日)なので、300円/日に届きません。
月あたりに換算すると、8,579円(月30日で計算)。
年間にしても、104,372円です。
「絶対的貧困」の一般的な定義がこの金額です。
アフガニスタンの国民総所得は一人当たり530ドル/年です(2019年)。
同じレートで換算すると、193円/日になります。
世界銀行の定めより、100円くらい低いのです。
ちなみに日本は一人当たり41,513ドルです(同年)。
5,521,229円/年、15,127円/日ですね。
パヴァーナ : 日本人 ≒ 1 : 78 という比率に戦慄すら覚えます。
人間の尊厳と価値が、この比率で換算されたり処遇されたりしたら、背筋が凍りつきます。
まず、パヴァーナや家族が生きのびるために何ができるのでしょう。
月に1,000円の寄付で事足りるというのでしょうか。
{/netabare}
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実のところ、最後まで観続けるのが気鬱で仕方なかったです。
それを牽引してくれた人がパヴァーナその人です。
彼女の強い意志のおかげです。
パヴァーナの姿は、アフガニスタンの市井の人々と考えて、ほぼ間違いないと思います。
ニュースはあまりにもつらく、祈りを捧げずにはいられませんでした。
風前の灯火にある今をどうにかして生きぬいてほしい、と。
ご家族とともに自由を存分に手に入れられますように、と。
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