フリ-クス さんの感想・評価
4.0
物語 : 3.0
作画 : 4.5
声優 : 4.0
音楽 : 4.5
キャラ : 4.0
状態:観終わった
凡庸な料理を一流のごちそうに変えた制作陣がスゴい
ずっと昔、京都の某店で『鶏の水炊き』をご馳走してもらったことがあります。
はい? 水炊き? まあ、嫌いじゃないですけど。
そんなつもりで気軽についていって……衝撃が走りました。
1788年創業、ミシュラン一つ星、坂本龍馬も愛した逸品。
そういう肩書きは、全部あとから知ったことです。
そのときはただただ、目の前の料理に驚愕するのみでした。
『鶏の水炊き』という、どの家庭でも出てくる凡庸な料理が、
精緻を極めた技巧と200年以上の研鑽をへて、
ほとんど芸術と呼んでも過言ではない域にまで達していました。
いやほんと、すごかったです。
さて、まだ前半ク-ルのみですが『無職転生』を見て、
僕は何となく、その古びたお店のことを思い出しておりました。
いや、芸術、とまで言うつもりはありませんが。
{netabare}
はっきり言ってストーリーは、凡庸そのものです。
気持ち悪い30代の引きニートが中世風の異世界に転生して、
美少年にすくすく成長して、もてて、冒険して。
『なろう系』初期、転生物を確立させた名作だそうですが、
いまの感覚だと、設定・プロットともに特筆ポイントはありません。
それなのに、面白い。引き込まれる。
それはおそらく、完成の域にある料理のように、
『余分なものを徹底的に排除』し、
『必要なものに、徹底的にこだわり抜く』
という姿勢が首尾一貫しているからではないかと僕は愚考します。
余分なものとは、たとえばチート能力。
たとえば、ちょっと助けただけで寄ってくるビッチハ-レム軍団。
たとえば、ゲーム丸出しのレベルあげと新スキル付与。
たとえば、オタク嗜好を手放しでウエルカムしてくれる仲間たち。
たとえば、ラッキースケベと主人公の鈍感演出
本作にはそういう『オタ童貞の妄想』的な要素が、ほとんどありません。
そして『必要なもの』というか、
物語が『キモオタニートの転生物』だという、
あたりまえだけど絶対に外してはならない骨格が、貫かれています。
主人公はもともと30代(話が進むと40代)の精神の持ち主だから、
モノローグは女性役者でなく、杉田さんであたりまえ
子どもであることを利用する狡猾さや計算高さがあってあたりまえ。
はっきりした性欲があり、ラッキースケベなどではなく
自分から覗きに行ったり触りに行ったりするのがあたりまえ。
そして、転生前の姿に戻ったら、
気持ち悪くて好感を抱けないのがあたりまえ。
そのあたりまえが徹頭徹尾繰り返されるから、
話が進んでも『観る人の足の置き場がブレない』んです。
何話かめには転生物であることを忘れちゃうような他作品とは全然違う。
そして、醜い男が醜い現実から美しい異世界に転生したのだから、
異世界の描写は美しくてあたりまえ。
というか、主人公がやる気を起こすぐらい美しい世界でないと、
お話の根底やリアリティが崩れてしまいます。
だからそのあたり、映像美にも徹底的にこだわり抜いています。
つまり、どん底人生にあったキモ男が美しい中世世界に、
それも美少年として生まれ変わったら、
そりゃあ、今度は頑張ろうとか、
多少のことがあっても真面目に生きてみようとか思うよね、
そういう誰もが納得できるロジックで全編が成り立っているんです。
芯がしっかりしていて、脚本や構成にブレがない。
そして、それを映像で表現することに徹底的にこだわっている。
だから安心して観ていられるんですね。
非オタ・ふだんあまりアニメを見ない人でも、
いわゆる『ifもの』として充分に楽しめる仕上がりだと思います。
みんながげんなりしている『なろう系』の悪い点は、
こういう基礎基本を大切にせず、
ゲームオタクに媚びたりエロに走ったり、
芯がないまま上っ面ばかり追いかけているところにあるのでは、と。
だからリアリティのない『妄想』作品に陥っちゃう。
剣道でも、基本にして究極の構えは『中段』です。
それが満足にできないのに上段とか二刀流とかやってたら、
それはもう『個性』じゃなくて剣道ダンスですよねぇ。{/netabare}